日時 2009年5月10日 午前9時〜11時30分
    JR下里駅から徒歩30分
   
    【鳥の種類】 アマサギ、カルガモ、ケリ、カワセミ、キアシシギ、カワウ、
         イソヒヨ、キジバト、トビ、カラス、スズメ、ムクドリ、ヒバリ、
         ウグイス(声)、キジ(声)

   

    亜麻色の羽毛を靡かせて    


     9時に下里駅に集合。日本野鳥の会の会員4名と参加者3名。計7名で出
    発した。頭上をヒバリが囀りながら、飛んで行った。餌捜しに忙しそうだ。
    駅裏の電線にムクドリが止まっていた。ムカデを咥えている。さっそく餌を
    見つけたようだ。
     駅の東側の田圃にイソヒヨとアマサギがいた。イソヒヨは、オスで体毛が
    青黒い。アマサギは、3羽いた。田圃で餌をあさっていた。アマサギは、白
    い体毛をもち、頭から首にかけてが亜麻色の羽毛でおおわれている。亜麻色
    の羽毛が美しい鳥である。アマサギは、バッタやカエルが好物で、田圃の周
    囲で、餌をあさる。牛や馬のあとを歩いて、飛び出した小動物を捕らえる習
    性がある。
   
 

    距離を計る鳥 


     田圃を進んでいくと、カルガモの群れに出あった。カルガモは、茶褐色に
    黒い斑点の体毛をもっている。嘴の先が黄色く、他のカモと区別するポイン
    トになっている。しきりに水に嘴を入れて、餌をあさっていた。
     ここで、ケリを見つけた。ケリは計里と書く。歩き方が距離の計測をして
    いるように見えることから命名されたという。ケリはチドリの仲間で、青灰
    色の体毛に胸に黒毛がある。嘴は黄色で、先が黒い。ケリは留鳥で一年中、
    見れる。
   


    清流の宝石 


     河口に行くと、キアシシギとカワウが見えた。海岸に出て観察すると、ト
    ビ、カラス、スズメ、キジバトなどの留鳥が、見えた。トビは3羽、空中を
    飛翔して餌を探していたが、見つけられないようだ。帰りに笠松さんの花園
    によった。シバサクラは盛りを過ぎていたが、他の花は満開で美しかった。
     その時、会員の「あっ、カワセミだ」の叫び声で、いっせいに川面をみた。
    一羽のカワセミが、魚を咥えて、飛んでいた。川近くの茂みに飛び込んで行
    ったが、「清流の宝石」を見れて、幸運だった。ビギナーズラックだろうか。
    会員の話によると、最初の観察会でキジとカワセミを見た人は、バードウォ
    ッチングが病みつきになるそうだ。自分も病みつきになりそうだ。
   


   孤独な高齢者 


     翌日、再び太田川に行った。川沿いの道を歩いてゆくと、アオサギに出合
    った。川の中州で、一羽のアオサギが餌を漁っていた。アオサギは大型の留
    鳥である。
     サギという鳥名は細毛(さやけ)から来たといわれている。姿からみると
    「なるほど」と納得するが、鳥名のサギは犯罪の詐欺を連想させるため、評
    判が良くない。しかし、動かないので観察しやすい鳥である。太田川のアオ
    サギも誰かを待っているように、動かなかった。「孤独な高齢者」の雰囲気
    を持っていた。
     サギ類は、羽毛の色で命名されている。シラサギ、アオサギ、クロサギ、
    アマサギがある。但し、シラサギは鳥名でなく、コサギ、チュウサギ、ダイ
    サギの総称だそうだ。アマサギやシラサギは華やだ若者を連想したが、アオ
    サギには、つれあいに先立たれた老人を連想した。自分の将来の姿かなぁと、
    苦笑した。



    鴫たつ渚の初夏の朝 


     西行法師は「三夕の歌」の一つをシギを織り込んでつくった。


      こころなき身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ


     この歌は西行を一躍有名歌人にしたが、鴫が沢に住むのか不明にしてわか
    らない。海岸や干潟、河原、水田などで餌を漁っているのを見かけるが、山
    奥の沢には見当たらないのではないか。
     そうすると、この名歌は実景を描写したというより、西行の心象風景を鴫
    に託したのではなかろうか。西行は高野山で高野聖をしていたが、その場所
    の真別所は、深山幽谷でこの歌の情景に相応しい。出家した自分にも、「も
    もののあはれ」は感じられると西行はいう。秋の夕暮れの静寂さの中に佇む
    鳥として、地味なシギはふさわしい。
     しかし、初夏の太田川河口のキアシシギは、しきりに餌を漁っていた。「
    もののあはれ」より、生きるがための餌の溜めぐいに励んでいた。出家した
    聖というよりも、生活力に溢れた勤労者といった風情であった。