9月2,3,4日台風12号は自転車並みの速度で中国・四国地方を縦断し
たが、中心の東側に当たった紀伊半島は観測史上最大の降水量を記録した。
気象庁によれば、奈良県上北山村で1652ミリ、十津川村で1303ミリ、
三重県大台町で1519ミリの大豪雨となった。和歌山県新宮市では、4日未
明和歌山県新宮市では一時間当たり100ミリ〜130ミリの降水量となり、
まさに天の底が抜けたありさまとなった。被害総額は20億円を超えると、政
府は発表した。
 その惨状は土砂災害、河川の氾濫となって表れたが、死者11名、行方不明
29名という歴史上最悪の結果を招いた。地域住民にとって「想定外」の被害
となった。特にライフラインである水道、電気、電話、ガスや交通機関の復旧
が遅れているため、日常生活を取り戻すのに時間がかかっている。
 東日本大震災で東北地方の住民を気の毒がっていた熊野地域の住民たちも、
自然災害には人知が及ばず今回災難が降りかかったわけであるが、2月の新燃
岳の噴火、3月の東北大津波、福島原発大事故、紀伊半島大水害と2011年
は大災害年となってしまった。
 以下、私が取材した熊野地方の被害状況の紹介を行う。防災のための有効な
取り組みへの一助としていただければ幸いである。



防災ダムは有効か(古座川流域) 


 4日未明の大雨は二級河川古座川を大氾濫させ、流域に大災害をもたらした。
古座川には防災用の七川(しちがわ)ダムがあり、たびたび洪水を防いできた
が、今回は防げずに大氾濫を起こした。4日未明、ダムの放流サイレンを聞い
た住民は高台に避難したが、増水の勢いは急でわずかの間に民家を襲った。今
までは床下浸水の地域が、今回は天井までの増水となった。幸いにも死者は出
なかったが、家具や自動車、電気製品が被害を受け、田畑も流木や泥で耕作は
しばらくできない。
 流域住民は大打撃を受け、
 「いままで洪水にあったが、こんな被害は初めて」
 と、古老は驚きの表情を浮かべていた。
 不幸中の幸いというべきか、死者がなかったことを評価したい。住民の迅速
な避難が効果をあげた。
 被害は串本町にも拡大し、古座川の濁流が押し寄せた紀伊大島のマグロの養
殖場では、マグロの大量死が発生した。日本有数の養殖規模を誇る養殖場では、
幼魚861匹、成魚320匹の死で、被害総額2840万円に上るという。
   47年間、養殖に携わってきた業者も、
 「こんなのは初めてや!」
 と、呆然としていた。
 泥水の流出被害は他町の養殖場にも、拡大必死である。
 七川ダムは貯水容量3080立方メートルで、一日雨量385ミリに耐えら
れるという。しかし、今回の豪雨は1300立方メートルに達し、貯水限界を
超えた。下流の床上・床下浸水は800戸に及んだ。
 県河川課では、「想定外の雨量になった。川の水位が上がる時間を遅らせて
おり、避難の時間は確保された、と考えている」と、語っている。
 防災用のダムは確かに一定の役割を果たしているが、放流のさい湖底にたま
ったヘドロを吐き出すので、汚染水による水産資源への被害は拡大する。ここ
が防災ダムの問題点である。
 今回の教訓として、防災ダムは有効なのか、と問いかけたい。むしろ、植林
して緑のダムをつくるほうが、水産資源への影響は少ない、と考えるが、いか
がだろうか。








鉄砲水の恐怖(那智川流域)


 三陸大津波の映像で一番ショックだったのは、住宅が跡形もなく無くなって
いることであった。市野々(いちのの)地区の被害も三陸海岸と同様で、全壊、
半懐の住宅が残っている姿は津波に襲われたようである。
 鉄砲水は那智川の巨巌を押し流し、堤防を越えて市野々地区を破壊した。こ
の土石流によってT那智勝浦町長の自宅は壊され、夫人と長女のお二人は押し
流された。後にお二人の死亡が確認され、町長の悲しみははかり知れない。
 「自然災害を前にして、自分の無力さを感じさせられた。二百年間、予想し
 なかった災害が発生した」
 と、町長は語ったが、今回の災害は不可抗力といえよう。亡くなられた方々
に深く哀悼の意を捧げたい。
 那智勝浦町にとっての最大の被害は、多くの人命が失われたことであろう。
 9月5日の時点で、死者10名、行方不明者18名の被害を出している。過
去二百年間の災害の想定を上回る被害がなぜ起きたのだろうか。
 ひとつには史上まれに見る豪雨があげられるであろう。幅数メートルの那智
川はたちまち氾濫し、鉄砲水による流木・土石を流入させた。その結果、一瞬
の間に家屋が破壊され、多くの人命が失われた。
 ふたつには流木が橋で堰きとめられ、ダムをつくってしまったことである。
水位の急上昇は、井関(いぜき)地区や川関(かわぜき)地区に、大量の泥を
運びいれ、浸水家屋を泥で埋めた。天井近くまでの水位で、家具や電化製品、
自家用車が台無しになった。停電・断水の長期化は住民生活を困窮させている。
 今、自衛隊伊丹駐屯部隊が行方不明者の捜索や給水で活躍している。その献
身的な姿は、住民の信頼を得ている。
 「救助活動御苦労さまです。重機はまだですか」
 若い自衛隊員に問いかけると、川添いの道路が削り取られて陥没しているた
め、重機が入らないとのことである。事実、道路の半分が抉り取られている場
所も多く、復旧には時間がかかりそうだ。
 野田首相がさっそく視察に訪れたが、一刻も早く「激甚災害指定」の適用を
望みたい。自主財源の乏しい赤字財政の那智勝浦町にとって自力再建は困難だ
からである。
 9月14日、閣議決定で今回の被災地域が激甚災害地域に指定された。野田
首相の英断を評価したい。














避難指示の遅れ(熊野川流域)


 「山津波が押し寄せてきた!こんなことは初めてや」
 新宮市熊野川町南桧杖(みなみひづえ)地区の住民の話である。山崩れが押
し寄せ、あっという間に家を飲み込んでいった。いまのところ同地区で4名が
行方不明であるが、今回は新宮市から避難指示は出ておらず、住民にとって意
表をつかれる結果になった。
 水位上昇が午前三時ごろという、避難に不向きな時間帯であったことも被害
を大きくした。三重県紀宝町の相野谷(おのだに)地区は高さ十メートルの輪
中堤防に守られていたが、これを越える洪水を住民は予想していなかった。安
心して眠っていたのである。
 Aさんは避難してきた母親を助けて、屋根に上ってかろうじて助かった。
 「天井まで水が来た時には駄目かと思った。夜が明けるまで、激しい風雨と
寒さのため、死ぬかと思った」
 と、語ってくれた。
 自然災害には想定外はない!人知を越えた被害をもたらすというのが、今回
の教訓である。
 同地区では、明治22年(1889年)以来の大洪水に見舞われたが、この
ときも台風は今回と同コースを通過した。しかし、その後防災対策が進んで水
量調節水門や輪中堤防が建設され、行政や住民は安心していたのではないか。
今回は避難指示を出すのが遅れたため被害が拡大した。
 T新宮市長は、
 「避難指示を乱発すると、オオカミ少年的効果になり、かえって避難しなく
なる」
 と、語ったが、「天災は忘れた頃にやってくる」という金言がある。早めの
避難指示が望ましい。たとえ空振りに終わっても、行政は非難を甘んじて受け
ればよいのではなかろうか。



深層崩壊・土砂ダムの恐怖(田辺市伏ど野地区)


 民家6軒が流されたのが、田辺市伏ど野(ふどの)地区である。Bさんは、
母親と息子二人の行方がわからない。裏山が山頂付近から一気に崩れ、膨大な
土砂が家を押し流した。表層崩壊と異なり、数十メートルの深さから土砂が崩
れる深層崩壊は今のところ防ぎようがない。
 「山が動いた!妻を連れて逃げるのが精いっぱいだった。娘が助かったのが
不幸中の幸いでした」
 と、Bさんは語った。現時点で、深層崩壊への対策はほとんどなされていな
い。
 同地区の山津波は土砂ダムをつくらなかったが、日置川上流の田辺市熊野(
いや)地区は土砂ダムの恐怖に怯えている。同地区の山津波は堤の高さが50
メートルと小規模だが、満水状態で決壊の危険性が高い。決壊すれば下流3.6
キロまで被害が及ぶとされる。被害が拡大してゆくのが心配だ。
 今回の豪雨災害は想定外だとされている。しかし、公共事業や防災予算の削
減が被害を大きくしたことは否めない。とくに、洪水や土砂災害の予算は事業
仕分けの対象外とすべきではないか。被災地の住民として強く要望したい。



提言・安心・安全対策を復興の中核に!


 今回の豪雨は確かに想定外であったが、甘い防災対策が引き起こした側面も
否定できない。とくに企業誘致のための用地造成に偏った公共事業計画の弊害
が大きい。
 安心・安全より利益追求の姿勢が防災予算を減らしてきた。今回被災した紀
伊半島は、過疎地や限界集落が多く、政治の恩恵が薄い地域である。東京一極
集中の資源投下の被害者が紀伊半島地域であった。
 この災害は福島の原発震災と同様、過疎地域型災害と呼ぶべきであろう。
 過疎地域は発展から取り残されてきたが、安心・安全に住めるのが利点であ
った。しかし、それも破壊された今、一刻も早い復旧・復興予算を望みたい。
 一例として、特別養護老人ホームを過疎地の中核産業と位置づけ、全国から
入居希望者を募ったらどうか。若者の雇用にも貢献し、高齢者対策にもなる。
紀伊半島に光を当てる地域おこし対策を希望する。
 安心・安全な生活再建を復興の中核にして、支え合おう。


 最後に全国から、被災者あてに義援金が送られてきている。被災地域の住民
として深く感謝します。