「なに、大屋丸(おおやまる)が沈没したって!」

岡村武夫(おかもとたけお)から一報を受けた大屋弥吉(おおややきち)は、
驚愕した。

 大屋丸は大屋商会が、南洋貿易のために建造した80トンの新造船であった。

 明治以降の南洋貿易は、士族授産(しぞくじゅさん)を活用した南島商会や
個人経営者が中心であった。

それらは、松方デフレ政策の影響で、次第に行き詰まっていた。

大屋商会も劣勢挽回のため、大屋丸を建造して南洋貿易の商圏を拡大しよう
と図っていた。

大屋丸沈没は、その矢先の大事件であった。

虎の子の新造船が、台風に巻き込まれ、小笠原沖で沈没した。

「そんな馬鹿な!何かの間違いではないか?」

 大屋社長が社内を見渡すと、二十人の社員は下を向いて目を合わさなかった。

 岡本が、進言した。

「社長、至急調査船を派遣して、生存者の捜索と事故の確認を致しましょう」

「おお、そうだ!いま横浜におるのは天神丸(てんじんまる)しかない。すぐ
今井船長に連絡して、捜索させよ」

 大屋社長の指示は、横浜港の今井三郎(いまいさぶろう)船長に伝えられた。

「わかりました。準備が整い次第出港致します」

 翌日、天神丸は、遭難海域を目指して出港した。

 二週間に及ぶ遭難海域の捜索は、「生存者なし」に終わった。

「やむなく捜索打ち切りました。船板のかけらも発見できませんでした。全員
死亡、と判断します」

 大屋丸沈没の報道を聞いて、大屋商会に債権者が押し寄せた。

「社長、貸した金、どうしてくれる!」

「何とかします、今しばらくの御猶予をお願いします」

 大屋社長には債務の支払い能力はなく、けっきょく大屋商会は倒産した。

 岡本は、南島商会の多口亥吉(たぐちいきち)を訪問した。

 多口は自由主義経済学者で、士族授産金(しぞくじゅさんきん)を元手に南
洋貿易を実行した先覚者であった。

「多口先生、新会社を設立したいので、相談に乗ってくださいませんか?」

「大屋君は気の毒したね。しかし、南洋貿易は松方デフレが終わったら好転す
るよ。そうだ!五菱(ごりょう)銀行の太田頭取に相談したらどうかね。彼へ
の紹介状を書いてあげよう」

「よろしくお願いします」

 岡本は、太田佳兵衛(おおたかへえ)を訪ねて、会社再建を相談した。

「岡本君、松方内閣はデフレ政策を緩めない。いま新たな融資は無理だよ。今、
金銭の余裕があるのは、地方の山林地主たちだよ。そうだ!わしの故郷に適当
な人物がおる。彼なら、融資に応じるかもしれん。君、尋ねてみるか?」

「有難うございます。すぐさまお訪ねいたします」

 岡本は紹介状を貰うと、五菱銀行を後にした。

明治二十六年(1893年)の暮のことである。

 

翌年、和歌山県西牟婁郡日置村(わかやまけんにしむろぐんひきむら)の資
産家倉本徳左衛門(くらもととくざえもん)を岡本と今井が訪問した。

 岡本は、倉本家の周囲を一巡りした。

「この門構えなら大丈夫だろう」

 そう呟くと、岡本は玄関を入った。

「御免下さい!倉本さんはおられますか?私どもは東京から参りました岡本と
今井と申します」

 取次に出た女中は、急いで徳左衛門に知らせた。

 縁側で読書中だった徳左衛門は、

「おお、待っておった。すぐ客間に案内しなさい」

 と、命じた。

「お初にお目にかかります。大屋商会元専務の岡本武夫と申します」

 岡本が自己紹介すると、今井が懐かしそうに挨拶した。

「大旦那、お久しぶりです。今井三郎です。わたしは、大屋商会の天神丸の船
長をやっておりました」

「おお、今井君やないか!君は大屋商会に勤めておったのか?」

「はい、商船学校を出まして、大屋商会にお世話になっていました。南洋に食
料、雑貨を運搬していたのです」

「そうか、じつは五菱銀行の太田さんから、手紙が来てのう。大屋商会の社員
が訪ねるからよろしく、と書いてあったが、君やったんか!」

 倉本が言うと、岡本が安堵したように言った。

「おふたりは、知り合いでしたか?」

「そうや、今井君は、日置では名だたる元気もんやった。ところで、太田さん
の紹介状では、南洋貿易の件で相談がある、と書いてあったが・・・・・・・」

 倉本が切り出すと、岡本が話し始めた。

「われわれの貿易先の南洋と申しますのは、カロリン諸島、マリアナ諸島方面
でございます。ここへ日本から雑貨類、食料品を輸送していましたが、大屋丸
が沈没したため、会社は倒産してしまいました。この南洋は高温多湿で植物の
成長が早く、果物などは年に四回収穫できます。我々はそこに注目して、砂糖
黍(さとうきび)の栽培を始めたいと考えておりました。が、会社が倒産して、
挫折してしまったのです。倉本さんから資金を融資していただければ、製糖業
に進出したいと考えております。これは有望な商売です。軌道に乗れば、数倍
の利益が得られます。私どもでは、資金が足りませんので、全国から融資を募
ることにしたいのです」

 今井が、話を補足した。

「私どもとしては、南洋貿易は将来性がある、と考えています。南洋は砂糖黍
だけではありません。漁業資源も豊かで、鰹節製造も有望です」

「なるほど、砂糖と鰹節か!」

「南洋開拓は、これから発展する事業です。倉本さん、ぜひわれわれにご出資
ください」

 岡本が頼みこむと、倉本は頷きながら言った。

「お話は分りました。わたしもある実業家から、製糖業を勧められております。
しかし、岡本さん、融資だけなら、この話はお断りです」

「えっ、どうしてですか?」

「わたしは、南洋で製糖業をやりたいのです。現在のような家内工業的な製糖
では、ヨーロッパや台湾の砂糖に負けます。もっと品質の良い砂糖をつくらね
ば、たくさん売れませんよ」

 と、倉本が言うと、岡本はびっくりした。

「驚きました!倉本さんが砂糖にお詳しいとは・・・・・・どちらで学ばれま
したか?」

「大阪商業学校の同級生、中山龍之助(なかやまりゅうのすけ)君からです。
彼の説では、日本の製糖業は質を高めんと、外国に太刀打ちできないそうです」

岡本が、膝を叩いて賛成した。

「これは頼もしい!倉本さん、ぜひ一緒にやりましょう。われわれに出資して
ください」

「わたしを社長にしてくださるなら、出資いたします」

 倉本の答えを聞いて、岡本と今井は黙りこんだ。

 しばらくして、岡本が口を開いた。

「わたしどもの一存では、お答えできません。東京に戻って、太田頭取に相談
しなければなりません」

「いいですとも、納得するまで、頭取と話し合ってください。今夜は白浜温泉
に宿をとってあります。旅の垢を流してから、帰京してください」

 ふたりは、倉本家を立ち去った。

 温泉につかりながら、倉本徳左衛門の提案を話し合った。

「倉本さんは、単なる田舎の資産家でなさそうだな」

「ええ、中山龍之助氏とも面識があり、製糖業に意欲的ですよ」

「見識もありそうだ。彼なら、南洋貿易を発展させる手腕があるかもしれない」

「ええ、社長に担いでも大丈夫、と思います」

「倉本さんに、賭けてみるかね?」

「そうしないと、新会社は設立できません。わたしたちは路頭に迷うことにな
ります」

「東京へ戻ったら、太田頭取と相談してみよう」

「専務、よろしくお願いします、社員二十名の生活がかかっておりますから!」

「全力を尽くすよ」

 と、岡本が請け合うと、今井はその手を固く握りしめた。

 二人は帰京すると、太田頭取を訪ねた。

「倉本さんの反応は、どうだったかね?」

「立派な人物で、経営手腕もありそうです」

「そうか、じゃ、希望どおり倉本氏を社長に据えるか」

「しかし、製糖業となると、倉本さんの出資額だけでは、無理ではないでしょ
うか?」

 と、岡本が言うと、太田は尋ねた。

「倉本さんは、いくら出資するのかね?」

「八千円用意すると、言っておりました!」

「八千円!それでは足りないね」

「頭取は、どのくらい用だてて、くださいますか?」

「精糖業は、将来有望だ。『清水の舞台から飛び降りる』気で、わたしも八千
円融資しよう」

「有難うございます。これで一万六千円の資金ができました。新会社が設立で
きます」

「しっかりやりたまえ。そうだ、倉本君に上京してもらおうか。詳しい事業計
画を聞かないとね」

 と、頭取が言うと、二人は頷いた。

 

連絡を受けた倉本が上京すると、三人は五菱銀行を訪ねた。

 倉本が事業計画書を説明すると、頭取は融資話を切り出した。

「倉本さん、本行は八千円を融資します。これで、南洋貿易を再開してくださ
い。それが軌道に乗ったら、製糖業を始めてください。追加の融資をいたしま
す」

「頭取の御厚志に感謝致します。わたしは、当面、南洋貿易に全力を注ぎたい
のです。製糖業の方は、わたしの盟友中山伊之助君に助力を戴くつもりです」

「中山?あの『大風呂敷』の中山氏ですか!」

「中山は、大風呂敷ではありません。かれは製糖の専門家です。いま石垣島(
いしがきじま)で製糖をやっております。そこに若い社員を派遣して製糖を学
ばせたい、と思います」

「これは用意周到だ。倉本さん、頑張ってください。わたしも応援させていた
だきますよ」

 と、頭取が激励すると、倉本は最敬礼して答えた。

 1894年(明治二十七年)、新しく「南洋貿易・日置合資会社」が設立さ
れた。

社長に就任した倉本は、全社員を集めて経営方針を発表した。

「わたしが新社長の倉本徳左衛門です。大屋商会を解散し、新たに南洋貿易・
日置合資会社を設立します。旧会社の社員は全員雇用しますが、南洋貿易は大
屋商会とは経営方針が異なります。従来の貿易以外に新事業として製糖、鰹節
製造に取り組みます。貿易船は日本郵船(にっぽんゆうせん)から船をチャー
ターし、台風でも沈没しないように致します。各部門ごとに、独立採算制を採
用し、赤字部門は閉鎖します。何か質問があれば、遠慮なくしてください」

 今井三郎が、質問した。

「事業分担は、どうなるのでしょうか?」

 倉本社長は、三事業部制を説明した。

「第一は、貿易部門です。岡本君に部長になってもらって、十二名を配置致し
ます。第二は、製糖部門です。今井部長に、四名の社員を配置します。第三は、
鰹節製造部門です。市川部長に、四名を配置致します」

「成果があがらないと、社員は首ですか?」

「そうです。われわれは、遊びで事業をしているわけではありません。利益を
上げない部門は、先ほど申し上げたように閉鎖です」

 倉本が決然と方針を示すと、社員一同は立ち上がって拍手した。

「社長、われわれは頑張ります。新会社を成功させましょう」

「有難う!諸君の奮闘を期待しています」

 倉本は言うと、全員に最敬礼した。