1934年(昭和9年)、友野亀太郎は友野商会をトンガ友野ブラザーズと
改称し、実権を弟の小島喜代造に譲った。

 トンガ友野ブラザーズは、22人の株主社員と、100余りの現地雇用人で
構成されていた。

「トンガ丸の件では、コナリーに敗れたが、捲土重来、トンガ丸でニュージー
ランドに進出して元を取り戻すまでや」

 と、友野が豪語した。

社員一同は、ニュージーランド貿易での雪辱を図った。

 友野がニュージーランドに進出したのは、海軍の大前大佐の要請があったか
らである。

「友野君、海軍では羊毛が欲しいのだ。ネルのシャツを水兵に着せたいのでね。
輸入してほしい」

「相わかりました!不肖、友野、海軍のためなら水火を厭いません」

「これは頼もしい、頼んだよ」

 と、大前は、上機嫌で帰っていった。

「社長、いよいよニュージーランド上陸ですね、腕が鳴ります」

 と、北武夫(きたたけお)が言うと、友野は頷いた。

「頼むぞ、北君!いよいよデッケンズ社と対決だ」

 友野は、オークランドに本店を構えると、南島と北島に支店を置いた。

「洋毛を買って、買って、買いまくれ」

 友野の号令で、社員は洋毛集めに走り回った。

「友野か、懲りない男だ!また負けにきたか」

 コナリー支配人は、友野に対抗して、洋毛を買い集めた。

 しかし、友野の資金は、豊富であった。

デッケンズ社より高値で、買い集めてゆく。

「なぜだ?友野資金の黒幕は、誰なのだ?」

 と、コナリーが訝っている間に、洋毛は友野が大半を手に入れてしまった。

「完敗だ!友野ブラザーズは、予想外の大商社になった」

 コナリーが敗北宣言をした時、洋毛は横浜港に向けて積みだされていた。

「友野君、よくやったね。海軍大臣も褒めておられた。次は豪州だ、小麦と洋
毛を頼んだよ」

「任せてください、海軍のためなら、この友野、なんでもやります」

 と、友野の怪気炎を、大前は頼もしく聞いた。

 

1938年(昭和13年)、友野はシドニーに友野ブラザーズ本社を置くと、
小麦と洋毛を買いあさった。

「友野ブラザーズの後ろだては、海軍です。海軍はなにか企んでいるようです」

 部下から報告を受けたコナリーは、イギリス大使館に出かけた。

「大使閣下、友野の動きは妙です。なにか情報が来ていますか?」

「どんな情報かね?」

「たとえば、日本が戦争を準備しているとか・・・・・・」

「とんでもない!日本は中国侵略に忙しい。とても、南洋を侵略する余裕はな
いよ」

「ならば、友野は、なぜ軍事物資を買いあさっているのでしょうか?」

「軍事物資?どんなものかね?」

「フィジー島のコプラ、南洋のゴム、鉄鉱石、タングステン、鉛、銅などです
よ」

「どれも武器弾薬の原料だが、日本は、われわれと戦争はできないよ」

「どうしてですか?」

「つまり、石油がないと、軍艦が動かないからだ。アメリカやわれわれから石
油を輸入している国が、戦争を起こせばどうなるか、子供でも分かることだ」

と、カニンガム大使が断言すると、コナリーはしぶしぶ頷いた。

「では、しばらく静観します」

 コナリーが帰ると、大使は武官を呼んだ。

「ケインズ少佐、すぐ本国に報告したまえ。日本海軍に不思議な動きあり、注
意を要す、とね」

「わかりました!」

 ケインズ少佐は敬礼をすると、無電室に急いだ

 イギリス海軍総司令部は、この電報を重視した。

「ケインズ少佐に、友野ブラザーズの動きを監視させよう」

 ケインズは、B・P社の社員の肩書を得ると、パラオに向かった。

 友野ブラザーズは急速に拡大し、フィジー支店、上海支店、パラオ支店、ポ
ナペ支店、サイパン支店と相次いで開店していた。

 パラオに到着すると、ケインズは友野ブラザーズのライバル、南洋貿易パラ
オ支店を訪ねた。

「大下支店長、B・P社のケインズと申します。当社も南洋に進出するため、
パラオに支店を開きたいのです。ときに、友野ブラザーズの業績拡大は、驚異
的ですね、当社もあやかりたいものです」

「まったくね、友野ブラザーズには脱帽だ。『世の中は、星に、錨に、闇に、
コネ』と日本では言っているよ。陸軍、海軍のコネがないと、商売にならない
ね」

「すると、友野の発展は、軍関係のコネですか?」

「そうとしか考えられないね。国家総動員法の成立以後、軍に協力的でない会
社は、銀行から融資を受けられなくなった。その代り、協力的な会社は、怖い
ものなしだ。オールマイティだよ」

「友野は軍に協力して、無敵の存在となったのですね?」

「その通りだよ!戦争になれば、友野はわが社など及ばぬ大会社になるだろう」

 南洋貿易パラオ支店を出たケインズは、友野ブラザーズパラオ支店を訪ねた。

「梶支店長、わたしはB・P社のケインズです。われわれにも、少しコプラを
分けてくださいませんか?」

「ケインズさんとやら、当社は必要量を確保するだけで手一杯だよ。他社に分
けるコプラはないですね」

「支店長、コプラを分けてくださるなら、わが社が保管しているゴムをお分け
致しますよ、いかがです?」

「ゴムですか!それは好都合だ。いくら分けて下さるのですか?」

「お望みの量を売りますよ。当社はシンガポールの広東商会と提携しておりま
す」

「それは有難い!ぜひともお願いいたします」

 と、梶が頭を下げると、ケインズは右手を差し出した。

 商談が成立すると、ケインズは話題を変えた。

「友野社長は、サイゴン、ハノイ、台湾、朝鮮、フィリピンと飛びまわってい
ますが、どうしてですか?」

「さぁ、われわれには、社長の胸の内は分りません。あの方は、お偉いさんと
肝胆相照らす仲です。国家の要請で動いているのでしょう」

「友野社長と親しい人物は、誰でしょうか?」

「さて、御国のチャーチル海軍大臣ではないですか!」

「御冗談を!」

 軽くあしらわれたケインズは、苦虫を噛み潰すと、友野ブラザーズパラオ支
店を後にした。

 アスファルトの大通りを歩きながら、ケインズはハンカチーフで汗をぬぐっ
た。

 ホテルに戻ると、窓を開け放ってケインズは呟いた。

「古狸め!なかなか尻尾は出さんな」

 

梶はケインズが立ち去ると、トラック島の海軍防衛総司令部に電報を打った。


 イギリスチョウホウイン、ライテンシ、ワガホウノ、ウゴキヲサグッテイ
ル、チュウイ
サレタシ

 この電報を受け取った海軍総司令部では、大前大佐が友野社長と密談して
いた。

「友野君、チャーチルが、われわれの動きに気づいたようだ。かれは必ず妨
害してくる。
コプラや軍事物資の調達先を、新たに確保せねばならぬ。どこ
がよいかね?」

「ココヤシが一番豊富なのは、フィリピンでしょうね。ここにヤシ油や石鹸
工場をつくれ

ば、イギリス海軍の影響を排除できます。ベトナムはシンガポールに近いの
で、無理でし
ょう」

「最新情報によれば、イギリス海軍は、最新鋭艦プリンス・オブ・ウェール
ズとレパレス
を派遣して、極東艦隊を強化するそうだ。日本軍の南進に備え
るためらしい」

「いよいよ、きな臭くなってきましたね」

「そうだ!しかし、海相と次官は、欧米相手の戦争には反対だ」

「その理由は、なんですか?」

「今の戦争は、総力戦だ!生産力の差が、勝敗を決定する。日本と英米では
1:40だよ」

「それでは、話になりませんね」

「必敗だよ!それでお偉方は、戦争回避に動いている。しかし、もし戦争が
始まってしまえば、それに備えねばならぬ。和戦両方の準備が必要だ」

「では、フィリピンに進出する決意ですか?アメリカだって黙っていません
が・・・・・・」

「やむをえない。友野ブラザーズ名義で、土地を習得してくれたまえ」

「マッカーサーが、妨害するかもしれません。梶に命じて極秘に段取りをつ
けさせます。
大佐殿、商売人には戦争が大敵です。最後は大損ですからね。
避けられるだけ避けていた
だきたい」

 と、友野が念を押すと、大前は大きく頷いた。