1941年(昭和16年)、東条英機(とうじょうひでき)内閣が成立すると、
政局は戦
争開始に急激に傾いた。

 東条首相は、勝敗の見通しを尋ねた天皇の諮問に、

「清水の舞台から飛び降りる心境です」

と、答えた。

主戦論者の東条にしても、勝利の見通しは、まるで立たなかった。

 連合艦隊司令長官山本五十六(やまもといそろく)は、

「初戦に奇襲攻撃をかけて、アメリカ太平洋艦隊を撃滅するほか策はない」

と、主張した。

山本長官は、奇襲攻撃を成功させるため、空母を中心とした機動部隊を、攻
撃戦力の前
衛に配置した。

「この作戦は、情報が漏れれば待ち伏せにあって、戦力が一気に減少する。賭
博的な危険
な戦術である」

と、第一機動部隊司令長官南雲忠一(なぐもちゅういち)中将は、奇襲攻撃
に反対した。

「主力艦比が、米英の60%の戦力であるわが軍は、持久戦に持ち込まれれ
ば勝てない。
どうしても、短期決戦の戦法で戦わざるを得ない」

 と、山本が真珠湾(しんじゅわん)攻撃の決心を述べると、海軍首脳はし
ぶしぶ従った。

 1941年(昭和16年)11月下旬、連合艦隊はハワイ北東沖に向けて、
エトロフ島
を出発した。

「攻撃目標ハワイ真珠湾のアメリカ太平洋艦隊、攻撃命令はニイタカヤマノ
ボレ、とする」

 山本からの攻撃命令を受け取った南雲は、ハワイ時間12月7日(日本時間
12月8日)
に、オアフ島北方400キロメートルに到達していた。

ニイタカヤマノボレ、の攻撃命令が下った午前5時50分、第一次攻撃隊が
出撃した。

「胸が高鳴るのう。皇国の興廃、この一戦にあり、じゃな」

と、第一次攻撃隊隊長淵田美津雄(ふちだみつお)が、興奮して部下に話し
かけた。

「武者震いがいたします」

 と、部下の搭乗員が答えると、淵田は頷いた。

 淵田中佐が率いた戦闘機隊が、オアフ島上空に到達したのは、午前7時55
分であった。

「敵は眠っておる、迎撃機は見当たらぬ。われ奇襲に成功せり、と打電せよ」

 淵田の命令を受け、無線士は「トラ、トラ、トラ」と打電した。

 オアフ島の真珠湾には、アメリカ太平洋艦隊の艦船が130隻、主力戦艦7
隻、500機以上の航空機が配置されていた。

日本国政府による宣戦布告がなされておらず、アメリカ軍の戦闘態勢が取ら
れていなかった。

 上空から、一列になって急降下してくる日の丸の戦闘機群を、アメリカ兵は
驚愕して見上げていた。

「ジャップの攻撃だ!戦闘態勢をとれ、これは訓練ではない」

 各艦船から迎撃命令が出たが、戦闘準備が整っていず、アメリカ兵は右往左
往するばかりである。

「敵は眠っている、目を覚ましてやれ!」

 淵田の命令で、雷撃機が魚雷を発射した。

 白い航跡を海に残して、魚雷が各戦艦に接近した。

 高い水柱が、各戦艦の横腹から立ち上った。

 8時10分、戦艦アリゾナが大爆発を起こして沈没、1177名が海底に沈
んだ。

 続いて、戦艦オクラホマが横転、400名が犠牲になった。

「やった!大戦果じゃ、しかし、空母がおらん。第二次攻撃を準備せよ、と打
電せよ!」

 淵田は、無線士に命じて、引き返し始めた。

 真珠湾では、戦艦カルフォルニアとウェストバージニアが相次いで沈没し、
多くの艦船が被害甚大で、戦闘能力を喪失した。

 しばらくして、第二陣の爆撃機編隊が到着し、飛行場や軍事施設を爆撃し始
めた。

「ジャップめ、卑怯者!」

 上空を乱舞する日本軍機を見上げて、日系二世のダニエル・マツイは叫んだ。

 マツイにとって、日本は敵国であり、かれの忠誠心は、アメリカ合衆国に捧
げられていた。

 午前10時、日本軍が引き揚げると、後に残されたのは、壊滅的打撃を受け
た軍港と軍事施設の残骸であった。

「何ということだ!これは騙し打ちではないか、このまま、やられっぱなしで
たまるか。一矢報いてやる!」

 と、マツイは唇を噛みしめた。

マツイは、燃え盛る煙で涙目の顔を拭きながら、反撃を誓った。

 しかし、アメリカ軍の被害は沈没艦船12隻、破壊された戦闘機180機、
戦死者2488名と大きく、しばらくは後片付けに追われた。

「リメンバー、パールハーバー!」

 それが、生き残ったアメリカ軍兵士の合言葉になった。

 日本軍機動部隊の司令室で、南雲中将は大戦果に満足した。

「大戦果だ!以後の攻撃中止、引きあげよ」

 攻撃隊を収容すると、南雲は撤収を命じた。

淵田は、驚いて意見具申した。

「まだ空母が残っている、空母は無傷だ。第二次攻撃を実施する必要あり」

「いや、駄目だ。機動部隊を無傷で帰還させるのが、本職の任務である」

 と、南雲は、淵田の意見具申を聞かなかった。

 やがて、機動部隊は日本に向かって、帰投した。

真珠湾攻撃の速報が伝わると、南洋群島は大勝利に湧きかえった。

 南洋貿易サイパン支店では、今井が百合と感激に浸っていた。

「これで、制海権は日本のものだ。南方資源は日本が独占できる」

「仕事が忙しくなるわね、しかし、アメリカの潜水艦も黙っていないわ。反撃
に出るはずよ」

 百合が言うと、今井は、

「そうだな、君は東京に戻ったほうが、良いのではないか?」

 と、尋ねた。

「子供たちだけは、帰した方がいいわ。わたしは残ります」

 百合は言うと、子供たちに伝えに行った。

「大日本帝国は、アメリカと戦争を始めた。ここも戦場になるかもしれない。
おまえたちは、お爺ちゃんのところで暮らしなさい。わたしたちは、仕事を片
付けたら、帰るからね」

 今井の説得を、子供たちも受け入れた。

 10日後、龍田丸で、子供たちは帰国した。

 ポナペ島では、市川が狂喜していた。

「やったぞ、やったぞ、とうとう欧米の邪魔ものが消え去った。南洋の貿易は、
大日本帝国が独占だ!」

 南洋貿易パラオ支店では、大下支店長以下、万歳三唱で勝利を祝った。

「大日本帝国万歳!南洋庁万歳!南洋貿易万歳!」

 南洋庁は、勝利を祝って提灯行列を実施し、南洋神社では、武運長久の祝詞
(のりと)があげられた。

 アンボン島では、オランダ軍が出動し、南洋興発の事業所をはじめ、日本人
を拘束した。

「今から、君たちは捕虜となった。捕虜交換が成立するまで、収容所に収容す
る」

 と、ハイネケン中佐は宣言した。

 梅沢や辻内たち南洋興発の社員は、オランダ海軍内の留置所に拘束された。

「梅沢さん、われわれはどうなるのですか?」

 と、辻内が尋ねた。

「ここは、情勢を静観しよう。まもなく捕虜交換船が到着する。われわれは、
いったん内地に帰されるだろう。それからは、海軍の命令で行動することにな
る」

 と、梅沢は答えた。

 1942年2月、帝国海軍はアンボン島を攻略し、南興社員は解放された。

かれらは、オーストラリアのアデン港から興安丸で帰国した。

友野ブラザーズでは、友野亀太郎が事態の把握に努めていた。

「大変です!オークランド本店が、ニュージーランド政府に接収されました」

「シドニー本店も、オーストラリア軍が接収したそうです」

「サイゴンやハノイは無事です!」

 連合国は、次々と日本法人を接収し、自国の管理下に置いた。

 友野ブラザーズも、各地の情勢が明らかになるにつれ、落ち着きを取り戻し
た。

 1942年(昭和17年)、日本軍はフィリピン、シンガポール、タイ、ビ
ルマを目指して南進を始めた。

 1月2日、第14軍は本間雅晴(ほんままさはる)中将に率いられて、マニ
ラを占領した。

 2月15日、第25軍は、シンガポールを占領し、イギリス軍を降伏させた。

 3月9日、第16軍は、インドネシアのオランダ軍を降伏させた。

 同じころ、第15軍は、ビルマのラングーンを占領した。

 この快進撃に、南洋の日本人社会は、湧きかえった。

「やった!わが軍は、プリンス・オブ・ウェールズ、レパレスを撃沈したぞ!」

「イギリス極東艦隊は、壊滅だ!」

「マッカーサー元帥は、オーストラリアに逃亡したそうだ」

「万歳!万歳!大日本帝国、万歳!」

 南洋地域は、日本軍が占領し、軍政が布かれた。

海軍マニラ総司令部に赴任している大前大佐が、友野を訪ねてきた。

「友野君、友野ブラザーズニュージーランド本店、オーストラリア本店は気の
毒したね。この埋め合わせはさせてもらうよ」

「とんでもない!大勝利おめでとうございます。帝国海軍は無敵ですね」

「おい、おい、南洋一の辣腕家の君までが、国民と一緒に浮かれているとは困
ったものだ」

「えっ、何か問題でも、発生しましたか?」

「おおありだよ、今回の南方作戦の目的は、南方の資源を確保して日本に送る
ことだ。その輸送が大変なのだ。アメリカの潜水艦が、妨害することは目に見
えている。日本の近くに補給基地を確保しておかねばならん。海軍だけでは、
手に余る問題だ。すべての民間会社に協力を頼みたい。君のところは、フィリ
ピンに進出して、ヤシ油工場、石鹸工場、皮革工場を経営してくれないか?」

「貿易ではなく、工場の経営ですか?」

「そうだ、こういうことは信頼できる人物しか任せられない。金儲けだけが目
的の御用商人では、必ず失敗する。占領地での経営は、住民の反発を招くから
ね」

「やります、友野亀太郎一世一代の大仕事だ!フィリピンへ行きましょう」

 友野が引き受けると、大前は敬礼して言った。

「ありがとう、海軍を代表してお礼を言います」

友野は、フィリピン進出のプロジェクトチームを、社内で立ち上げた。

「いいか、ヤシ油工場、石鹸工場、皮革工場を作りたい。資金は海軍が出して
くれるので、思い切って規模を拡大してほしい」

 友野の檄に答えて、若い社員たちは張り切って、工場建設に取り組みだした。

「梶君、君がフィリピンの工場建設の指揮をしてくれんか。フィリピンは大日
本帝国が占領したが、共産党系や連合国系のゲリラ組織が活発だ。軍隊の保護
が確実なところに建設してほしい」

「わかりました、さっそくマニラに飛んで、大前大佐と相談します」

「そうしてほしい、友野ブラザーズの発展の成否は、いまやフィリピンにかか
っておる」

 梶はマニラに飛んで、大前と面談した。

「大佐、工場はどこに建設すべきでしょうか?」

「ココヤシが豊富な島といえば、ミンドロ島のガラパン周辺が最適だ。ここな
らマニラとも近いので、警備も万全だよ」

「では、そこに石鹸工場とヤシ油工場を建設致します。ついては資金と労働者
の確保をお願いします」

「資金は占領軍が発行している軍票を使いなさい。無限に供給できる」

「軍票?それは困ります。日本銀行券より価値が低い紙幣ですよ」

「フィリピン国内で使うのであれば、問題は無い。ココヤシを買うのも、労働
者の賃金支払いも、すべて軍票が通用する」

「われわれの儲けは、激減するではありませんか?日銀券に交換する際、軍票
は同じ価値ではないですからね」

「それはそうだが、今は非常時だよ。平時の理屈は通用しないのだ」

 梶は途方に暮れたが、ここは引き受けるしか選択の余地はなかった。

「労働者の徴集は、どうしますか?」

「ミンドロ島島民を、2500名を強制徴集するから心配はいらん。君は内地
から石鹸とヤシ油を製造する技術者を集めて欲しい。すぐ東京に飛んでくれた
まえ」

 大前は言うと、海軍機の手配のため、総司令部に戻っていった。

「これは大変だ!こんな泥縄式のやり方では、長くはもつまい。友野社長に手
紙を書いて承諾を得ておこう」

 梶は急いで、事情を書き送った。

 手紙を読んだ友野は、困惑した。

「軍票を発行しての事業なんて、『骨折り損のくたびれ儲け』になるに決まっ
ておる。しかし、乗りかかった船だ。いまさら下りられない。やむをえない、
やるしかない」

 友野の返事を読んで、梶は腹をくくった。

 半年後、工場は完成し、操業が始まった。

 海軍から陸戦隊一個中隊が派遣され、警備に当たった。

「操業は順調です、石鹸、ヤシ油、皮革は海軍が軍票で支払ってくれますが、
一部は内地に輸出して、日銀券に替えております。ほんの少しの利益ですが、
何とか利益を確保します」

 梶が友野に報告すると、

「フィリピンもなんとか軌道に乗ったようで安堵したよ。それにしても、こん
な泥縄式のやり方では、この戦争は勝てないな!」

 と、友野は言った。

 友野は、日本軍の戦争準備が不足していたことを、はっきりと認識した。