開戦前のサイパン島ガラパン市は、南洋興発とともに栄えていた。

 民間人が4万5千人、商店160軒、南洋庁支庁、公会堂、郵便局、法院、
学校、無電所、農業試験所、料理屋、カフェー、娼女300人、幅六間道路が
十マイル、自動車70台、日刊新聞2社の陣容で、ほとんど内地の都市と変わ
らなかった。

 この繁栄を支えたのは製糖業で、南洋興発サイパン工場の四本煙突は、繁栄
の象徴であった。

 しかし、開戦後のサイパン島は内地から孤立し、太平洋の孤島として食糧不
足に悩んでいた。

 そこに陸軍と海軍が、陣地構築のため駐留することになり、食料供給状況は
悪化の一途を辿っていた。

「陣地構築作業が、始まったらしいわね。陸軍と海軍が資材の奪い合いで、戦
争が始まりそうだというわ」

 百合が言うと、今井が答えた。

「サイパンを太平洋の防波堤にするのだそうだ」

「防波堤をつくるには、資材不足ね」

「アメリカ軍の反攻作戦を甘く見ていた結果、泥縄式に兵力投入だ。それで、
防げるか疑問だな」

 と、今井は危惧を持った。

 斎藤義次(さいとうよしじ)中将率いる第四十三師団と南雲忠一中将率いる
中部太平洋艦隊が駐留していたサイパン島は、4万5千の防衛兵力で、アメリ
カ軍の上陸作戦に備えていたのである。

 

1944年(昭和19年)6月11日、アメリカ軍はスプルーアンス大将を
司令官に、700隻の艦船、2000機の航空機、12万7千の兵員を動員し
てサイパン島上陸作戦を開始した。

「飛行機大編隊、南から接近!」

 哨戒任務の兵士が、叫びながら走り去った。

 今井が上空を見上げると、アメリカ軍の戦闘機が、蜻蛉の群れのように旋回
している。

 そのうち、一機ずつ急降下に入り、爆弾を投下しだした。

 強烈な炸裂音が響くと、大地が鳴動して建物が、木っ端みじんに吹き飛んだ。

 地上から高射砲が盛んに射撃しているが、戦闘機は容赦なく攻撃を始めた。

 爆撃を受けたガラパン市街が、黒煙を上げて燃え始めた。

 今井は、南洋貿易支店から慌てて脱出した。

「これはいかん、すぐに退避壕に退避せよ」

 部下たちは、あらかじめ決められていた退避壕めざして駆けだした。

 今井は家に戻ると、百合を伴ってジャングルに入っていった。

 473メートルのタッポーチョ山の山麓は、岩壁になっていた。

そこに穴を掘って、市民用の退避壕が作られていたのである。

 退避壕に落ち着いた今井は、戦況を見つめていた。

「アメリカ軍は攻撃を止めない、わが軍は苦戦中だ」

 と、今井が言うと、

「今井さん、これからどうしますか?」

 と、南洋興発社員の飯塚重太郎(いいずかしげたろう)が尋ねた。

「しばらく様子をみよう、わが軍が反撃するかもしれない」

しかし、アメリカ軍の攻撃は夕方まで続き、ガラパン市を壊滅させた。

「ガラパンが、火の海になっているわ!」

 と、百合が叫んだ。

今井は、

「わが家も燃えてしまったな」

 と、肩を落として言った。

「あれを見て!敵の艦隊よ」

 百合の声に、今井は海上を見た。

 サイパン島を包囲するように、二十数隻の艦船が浮かんでいた。

 夕闇が襲いかかる時間になって、突然、敵艦が艦砲射撃を始めた。

 ドカーン、ドカーンと、すさまじい着弾音が岩壁に響いた。

 岩のかけらや土煙が舞い上がり、大木が吹き飛んだ。

 その轟音を聞きながら、洞窟の日本人は生きた心地がしなかった。

「ここは危ない!明日には、退避壕はつぶされる。東側のラウラウ地区に逃げ
よう」

 と、今井が言うと、百合は黙って頷いた。

「飯塚君、君はどうするね?」

 と、今井が尋ねると、

「わたしも同行します」

と、飯塚は答えた。

 三人は洞窟を出て、タッポウチョ山の北側の山道を越え、ラウラウ地区に向
かった。

 ジャングルを逃げてゆく途中で、多くの日本軍兵士にであった。

彼らは、

「退避命令が出たぞ、すみやかに退避せよ!」

 と、言い捨て、北方に退避して行った。

 南雲忠一司令長官は、連合艦隊司令長官に次の電文を送った。

敵は、明日または明後日、当方面に上陸を企図せり

 

その判断は正しかったが、上陸を阻止するべき戦力は乏しかった。

 6月15日、アメリカ海軍の艦艇が、上陸を開始した。

 日本軍は、連日の艦砲射撃の被害を受けて、応戦する戦力が枯渇していた。

かろうじて残った火砲が火を吹いて、上陸艦船を転覆させた。

 しかし、その抵抗もむなしく、チャランカノア地区とオレアイ地区に上陸を
許してしまった。

 アメリカ軍は海岸に橋頭保(きょうとうほ)を確保すると、戦車を先頭に内
陸に進軍し始めた。

 日本軍は兵力を集結し、夜を待って夜襲を計画した。

 夜襲部隊が攻撃を始めると、海上から照明弾が打ち上げられた。

 あたりは真昼の明るさとなり、夜襲部隊は簡単に見つかってしまった。

「日本軍の夜襲だ、撃て、撃て!」

 アメリカ軍の火砲が火を噴き、日本軍は簡単に撃退された。

 今井たちが、ジャングルをラウラウ地区にむかっていると、大勢の民間人が
逃げてきた。

「ラウラウに、アメリカ軍が進軍してきました。われわれはパナデル台地に向
います。一緒に行きませんか!」

 と、南洋興発の砂糖黍農園の管理人佐藤敬助(さとうけいすけ)は、今井
らを誘った。今井は、同行を断った。

「飯塚君、君は英語が堪能だったね?」

「はい、アメリカの大学に留学していました」

「ならば、丁度良い。明日、われわれは投降するから、通訳をしてくれたまえ」

「えっ、投降ですか!生きて虜囚の辱めを受けず、と教えられましたが・・・
・・・」

「それは、軍人だけだ。民間人には、当てはまらないよ」

 と、今井が言うと、

「わたしは、今井さんに従いますよ」

 と、飯塚は、きっぱりと答えた。

「よし、それでは、今夜はここで夜明かしだ」

 今井たちは、翌朝下山した。

 

ジャングルから出ると、大勢のアメリカ海兵隊が、三人を取り囲んだ。

 自動小銃を構えた軍曹が、

「フリーズ!ホールドアップ」

 と、三人に命じた。

 飯塚は、

「ドント、シュート!ウイ、アー、ギブアップ!」

 と、両手をあげて地面に座った。

 軍曹は、笑顔になると、

「こいつは、英語を喋るぜ。マツイ中尉の所に連れてゆけ!」

 と、部下に命じた。

「ヘイ、カモン!」

 部下はジープに三名を乗せると、アスリート地区のアメリカ軍司令部に向か
った。

 アスリート地区には、アメリカ軍の宿舎やテントが並んでいた。

そのなかの一番大きな建物に、三名は連行された。

 日本人と同じ顔をした将校が、一行を出迎えた。

「良く生きていましたね。せっかく助かったのですから、命を大事にしてくだ
さい」

 将校はそういうと、タバコを差し出した。

 今井と飯塚は、タバコを抜き取ると、思い切って吸い始めた。

「うまい!」

 将校はにっこりすると、百合にむかって、

「コーヒーとトーストを召し上がってください」

 と、勧めた。

「有難うございます」

 百合は、コーヒーを一口啜ると、命を永らえた安堵感が湧きあがった。

「わたしは、ダニエル・マツイ中尉、ハワイ生まれの日系二世です。わたしは
民間人を救うのが任務です。あなた方にぜひ、協力していただきたいのです」

「わたしたちにできることなら、何でも協力いたします」

 と、飯塚が答えると、マツイは笑顔で握手を繰り返した。

「サンキュー、サンキュー、日本人は、捕虜になるのを嫌います。しかし、戦
いが終われば、捕虜になるのは当たり前です。命を無駄にするのは良くない」

「同感です!われわれは、日本人の降伏呼び掛けに協力します」

 と、飯塚が言うと、マツイは手を打って喜んだ。

「わたしは、医師です。病院で働かせてください」

 と、百合が申し出ると、マツイは、

「これは有難い!よろしくお願いしますよ、ドクター」

 と、承諾した。

 翌日から実施された投降勧告は、次第に成果をあげて行った。

 飯塚は、ジャングルに隠れていた南洋興発の社員たちに、投降を呼びかけた。

「皆さん、わたしは南興社員の飯塚です。皆さんは十分戦いました。ここで降
伏しても不名誉ではありません。アメリカ軍は収容所をチャランカノアにつく
って皆さんを収容しています。収容所では、あたたかいパンやうまいコーヒー
がふんだんにあります。すぐに山を降りて来て下さい。アメリカ軍は皆さんを
殺しません!」

 拡声機を通して訴えかける、飯塚の投降説得工作は、次第に効果を上げた。

 日を追って、投降する民間人が増えてきた。

 

この成果に、気を良くしたマツイは、投降勧告対象を民間人から兵士に変え
た。

 7月6日、北部の地獄谷に向かったアメリカ海兵隊は、猛烈な抵抗を受けた。

 南雲中将と斎藤中将は、地獄谷の洞穴で自決し、日本軍の組織的な抵抗は終
わった。

 自決に際して、二人はあらゆる部隊に、総攻撃の命令を下していた。

「生きて虜囚(りょしゅう)の辱めを受けず、勇躍全力を尽くして、従容とし
て悠久の大義に生きるを喜びとす。茲に将兵とともに聖寿の無窮、皇国の弥栄
(いやさか)を祈念すべく敵を索めて発進す。続け」

 以上の命令を、各部隊に打電し終えて、南雲たちは自決したのである。

 7日午前3時、日本軍4000名の総攻撃が開始された。

後に「バンザイアタック」と呼ばれたこの総攻撃を、アメリカ海兵隊も手ぐ
すね引いて待っていた。

 すさまじい量の砲弾、銃弾が飛び交い、海岸には日本兵の死体が折り重なっ
て積み上がった。

 数時間後、3000名の死体の山を残して、日本軍は壊滅した。

「クレイジーだ!日本兵は、死ぬことを望んでいるのか?」

 と、マツイが尋ねると、飯塚は答えた。

「いいえ、望んでいません!しかし、捕虜になると、残された家族が差別を受
けるのです。兵士は死ぬしか、選択肢が無いのです」

「ならば、急いで降服勧告を進めよう!」

 マツイと飯塚は、洞窟に籠っている日本軍兵士に、降伏勧告を行った。

「皆さん、戦闘は終了しました。降伏してください、アメリカ軍は殺さないと
約束しています」

 飯塚が呼びかけると、洞窟から爆発音が聞こえ、自爆死が続いた。

「デテコイ、デテコナイト、コウゲキ、スルゾ」

 海兵隊員が呼びかけると、飛び出した日本軍兵士が、いきなり発砲した。

「撃て、撃て!」

 日本兵に、海兵隊員から自動小銃が乱射された。

 全身を蜂の巣のように撃たれて、兵士は即死した。

「コウフク、シナサイ、デナイト、ヤカレマス」

 海兵隊員の呼びかけに、洞窟から反応がなかった。

「発射!」

 洞窟の入口から、火炎放射機の炎が発射されると、全身火の玉になった兵士
が飛び出してきた。

「ジャップはクレイジーだ!バーベキュウになるのを選ぶのか!」

 海兵隊員たちは、驚いて死体を眺めていた。

 パナデル台地の先端に追い込まれた民間人たちは、崖を見下ろす土地に集結
していた。

「われわれは、生きて虜囚の辱めを受けず、と教えられた帝国臣民だ!いさぎ
よく自決しよう」

 長老がいうと、民間人の集団は、全員頷いた。

「お先に!」

 一人の婦人が立ち上がると、崖から飛び降りた。

 それを見て、次々と女性たちが、飛び降りた。

男たちや子供たちも、後に続いた。

「やめてくれ!飛び込むな!」

 飯塚が叫ぶと、マツイも、

「シンデハ、イケマセン、イキテ、クダサイ!」

 と、絶叫した。

 海兵隊員たちは、絶叫している二人を呆然と眺めていた。

「なんてやつらだ、みずから崖に飛び込むなんて!アンビリーバルだ!」

「この崖を『スーイサイドクリフ(自殺崖)』と名付けようぜ」

 海兵隊員たちは、首を振りながら、日本人の飛び降り自殺を眺めていた。

 サイパン島北端の崖でも、同じ現象が起きていた。

岬の先端に追い詰められた民間人たちは、

「天皇陛下、万歳!」

 と、叫びながら、次々と海中に飛び込んだ。

 海面に水飛沫があがるたびに、海兵隊員たちは仰天した。

「なんで、民間人が天皇のために死ぬのだ。理解不能だ!」

「捕虜になってはいけない、と洗脳されているのだよ」

「しかし、子供を道づれにするなんて、人非人だぜ」

 海兵隊員たちが、口々に非難を始めると、指揮官のマレー少佐が呟いた。

「われわれにも、真似ができない勇気の持ち主たちだ!かれらの魂が天国に行
けるように祈ってやろう」