・「天狗の供え物」

 

  天狗は民話や伝説の主役として、日本人に愛されているキャラクターで

ある。文献への登場は以外に古く、「日本書紀」に流星の落下を天狗星と呼ん

だ例が初見である。「太平記」にも、北条 高時が真夜中にカラス天狗と田楽

を踊っていたという記述がある。 

 烏天狗や木っ端天狗など我々が天狗に抱くイメージは、修験道の山伏その

ものである。長い鼻、真っ赤な顔、白いひげ、宝冠、結袈裟、超能力を持ち

、空を飛ぶかと思えば隠れ蓑でいたずらをする。羽団扇で大風を吹かし、神

隠しで人間を困らせる。しかし、善行を施して、人助けを行う。 善悪両性

を備えた怪人が天狗である。熊野地方では、不可思議な現象を天狗の仕業とし

て理解することが多かった。

  古座川町に矢崎の森という岩峰がある。この辺りは、1400万年前の火

山活動による奇岩怪石が連なり、いかにも天狗が活躍しそうな雰囲気をかも

し出している。

 この矢崎の森の頂上に地蔵菩薩が安置されていた。安政の大地震で首が折

れ、哀れ、首なし地蔵になってしまった。その姿を哀れんだ天狗が、供え物

を始めた。毎日、貝や魚が備えられるのである。人気の少ない山上の地蔵に供

え物がつづくので、村人は天狗の仕業と思い「天狗の供え物」と呼んだ。

 実は、供え物の犯人は、水鳥である。古座川は魚貝類が豊富なため、コサギ

やトビなどの水鳥が多数棲息している。水鳥たちが餌を食べるために魚貝を運

んできたが、事情が出来て飛び去ってしまい、 後に魚貝が残ったのである。

それが天狗の供え物の正体である。

 明治になって、矢崎地蔵が脚光を浴びる時がきた。徴兵制度が、庶民を矢弾

の前に立たせ始めたのである。出征兵士を持った家族たちが、矢崎が矢を避け

るに通ずるというので参拝を始めた。兵士の無事帰還を祈る参拝客で、地蔵は

賑わったけれども、果たして地蔵は喜んだのだろうか。

 1945年8月15日は、日本の軍国主義が崩壊した記念すべき日である。

対外侵略戦争が終わり、矢崎地蔵も御用済みなった。日本国憲法で戦争放棄が

決まった。矢崎地蔵への参拝客は激減した。地蔵は寂しかろうが、平和な時代

を迎えて庶民はうれしかろう。 

矢崎地蔵も平和地蔵として、庶民の信仰を集め始めた。自衛隊の海外派兵や

憲法9条改正の動きが活発化するなかで、矢崎地蔵が再びにぎあうのだけは、

願い下げである。首が元に戻った地蔵は、にこやかな表情をたたえて今日も静

かに微笑んでいる。

 

・「天狗の神楽」

 

  古座川流域の潤野に十万岳という山がある。この山に天狗が住むという伝説

が残っている。 旧暦の7日と28日の晩になると、毎月天狗の打ち鳴らす太

鼓の音が鳴り響くのである。うるさくてかなわんので、やめて欲しいのはやまや

まだが、祟りが怖いので村人は辛抱した。

  同様の話は田辺市中辺路町にもあり、広見川で山本 素石氏が天狗の神楽を

体験したという。氏が広見川で、アマゴ釣りに興じていると、川の上流から太

鼓を連打する音が聞こえてくる。奥には人家がなく、祭りでもない大雨の日に

ドンドコドンとリズミカルな音が聞こえてくるのは、いかにも不思議だ。さて

は、天狗の神楽に違いない。山本氏は、あわてて釣りをやめ、帰宅することに

したそうである。

  このような天狗の神楽に、山人が出会うと仕事も猟もだめですぐさま帰宅す

る。天狗の神楽は鳴る石や鳴滝と同じく、共鳴現象のようである。天狗の神楽

が聞こえる場所は、滝と洞窟がセットになっているようだ。大雨で滝が増水し、

瀑布の音が洞窟で増幅されるとき、奇妙な音色になり、天狗の神楽と呼ばれる

のである.。たぬき囃子なども、同様の理由で発生するのである。科学的知識の

持ち主にはたわいのない話だが、無知なる人々には妖怪変化に思えるらしい。

すべてが、天狗の仕業にされてしまった。天狗にとっても、はた迷惑な話であ

るが、山の上からけっこう楽しんでいるかもしれない。