・「陰陽道と年中行事」


 陰陽道と月の満ち欠けに基づく暦が、太陰暦である。現代では太陽暦が採用されてい
るが、漁業、農業関係者の間では太陰暦が用いられている。自然のリズムの支配される
漁業や農業では、太陰暦の方が便利である。年中行事なども太陰暦によって配列されて
いるが、その意味するところは祖先祭祀、農耕儀礼の2種類であると、宮家 準は指摘
している。(「日本の民俗宗教」P.119)
 陰陽道と年中行事との関連は、以下のようにまとられる。


 五  行  木    火    水     金    土
 五  星  木星   火星   水星    金星   土星
 五  方  東    南    中央    西    北
 五  季  春    夏    土用    秋    冬
 五 節句  人日   上巳   端午    七夕   重陽
      1月7日  3月3日 5月5日  7月7日 9月9日


 (戸矢 学「陰陽道とは何か」P.59より、抜粋)


 五行の相性・相剋の原理に天文・季節の運行をあてはめて年中行事が作成されたので
ある。24節季と五行の相性・相剋の原理との相関図を掲げると以下のようになる。


 ・立春から啓蟄(木は土に剋つ)2月4日から3月5日
         初午、事始、雛祭り
 ・啓蟄から清明(木と木)3月5日から4月5日
         彼岸の入り、春分、社日、
 ・清明から立夏(木は土に剋つ)4月5日から5月5日
         花祭り、八十八夜、
 ・立夏から芒種(土は水に剋つ)5月5日から6月5日
         端午の節句、氷の朔日、初丑
 ・芒種から小暑(水は火に剋つ)6月5日から7月7日
         虫送り、水祭り、夏至、夏越の祓い、半夏生
 ・小暑から立秋(火は土を生ず)7月7日から8月7日
         七夕、盆、雨乞い、八朔
 ・立秋から白露(土は金を生ず)8月7日から9月7日
         月見、穂掛け祭り、二百十日、二百二十日
 ・白露から寒露(金と金)9月7日から10月8日
         重陽、彼岸の入り、秋分、刈り上げ祭り
 ・寒露から立冬(土は金を生ず)10月8日から11月7日
         亥の子、十日夜、初丑
 ・立冬から大雪(木は土に剋つ)11月7日から12月7日
         霜月祭り、大師講、川浸りの朔日、
 ・大雪から小寒(金は木に剋つ)12月7日から1月5日
         事八日、すす払い、冬至、大祓い、大晦日、元日
 ・小寒から立春(土は金を生ず)1月5日から2月4日
         七日正月、どんど、小正月、節分



・「農耕儀礼と年中行事」


 ・小正月(1月15日)
      農事に関する予祝行事と年占いを行う。予祝行事は秋の収穫の豊かさを祈
      念する。庭で田植えの所作をしたり、農具の模型をつくり豊作の様子を演
      じる。年占いは粥を炊いて竹筒の中に粥の入り具合で天候や運勢を占う。
      なお、この日に道祖神の祭りをすることも多く、ドントや左義長と呼ばれ
      るが、〆縄・門松を焼いたりする。一年の災厄を除くために盛んに火を焚
      く。


 ・社日(3月23日)
      農耕の神である田の神を祀る。この日から農作物の種まきの準備をする。
      タネガセといって、種もみを整理し、水に漬けたりする。この日は野良仕
      事を休み、竈の火を替え、神棚、仏壇を祀る。つまり、木は土に剋つ(土
      から養分を取る)という思想を表した行事である。


 ・卯月八日(4月8日)
      田の神を迎える春祭りをする。種まきのためのナエシロナオシをする。こ
      れは苗床を十分耕して平たく固め、水口に田の神を祀り、翌日種まきをす
      る。この日はナエドコ粥を炊いて祝う。


 ・八十八夜(5月2日)
      夏も近づく八十八夜というように立春から数えて八十八日目にあたる。「
      八十八夜の別れ霜」というように、気温も上昇し農耕に有利になる。ナエ
      シロに藁を置き、霜除けのまじないをしたりする。


 ・端午(5月5日)
      立夏となり五行では土は水に剋つ(土が水を吸い込む)思想を表す。端午は
      田植え祭りを行う日であり、熊野地方ではイビツ餅をつくって祝う。田植
      え儀礼として東牟婁郡那智勝浦町では、タズネという儀礼をおこなう。タ
      ズネは苗三束を藁でくくり、三脚をつくる。それを20ぐらい並べて、上
      にタズ(アカメガシワ)の葉を乗せ供物を供える。供物としてフキ、ショ
      ウガ、魚を盛り、お神酒を祀る。田飯は栗の枝に餅をつけて、田の畔に立
      てる。山梨県では菖蒲切りといって石合戦を行い、作占いを行う。


 ・初丑の田祭り(5月8日、20日)
      田の神の地祭りをする。田の畔に供物を奉げる。この日はウシヤスミとも
      いい、河原で牛を洗い、麦を味噌汁で煮たものを与える。


 ・入梅(6月11日)
      農暦では梅の実が熟する季節を指すが、一般的には梅雨入りを意味する。
      五行では水は火に剋つ(水は火を消す)思想を表し、水に関わる行事が行わ
      れる。


 ・夏至(6月21日)
      田植え完了と豊作祈願の夏祭りを行う。順調に降雨があればよいが、空梅
      雨になると雨乞いが始まる。五行の「水は火に剋つ」にのっとり、火をつ
      かって雨乞いをするのが一般的である。新宮市熊野川町では、「妙法の火
      をたばる」と称して妙法山阿弥陀寺から燈火を受けて祈祷する。白浜町富
      田の牛屋谷滝では、雨乞いの儀式に牛の首を切って滝壺の棚に供えるとい
      うが、実施されたかは疑わしい。牛の模型など、代用品を使った行事かと
      思われる。


 ・半夏生(7月2日)
      薬草の半夏(からすびしゃく)が生える時期であることから命名された。
      気候的には梅雨明けの日とされる。半夏生の祭りは田畑にお神酒を供え、
      栗の木の枝を畔に立てる。


 ・小暑(7月7日)
      五行では火は土を生じる(火は燃え尽きて土になる)思想を表し、火に関
      わる行事が多い。基本的には招霊行事の盆が中心であるが、農耕儀礼とし
      ては「虫送り」がある。虫送りは、一般的には松明・鉦・太鼓・法螺貝を
      鳴らしながら田を一巡する。その後、藁人形をかついで村や田を一巡し、
      河原で焼き捨てる。串本町二色では、カンカンプーと呼んでいる。この虫
      送りの行事は西日本で盛んだが、遠くは中国雲南省にも見られる。水稲耕
      作の伝播と共に、招来された行事と考えられる。


 ・八朔(8月1日)
      稲の初穂を神に供え、台風よけの風祭りをする。和歌山県西牟婁郡では、
      畑作節句といって粟餅や稗餅を搗いて祝った。


 ・立秋(8月7日)
      五行では土は金を生じる(土中に金属がある)思想を表し、収穫に関わる行
      事が多い。土が育んだ農作物を鎌で収穫し、貨幣(金属)に換えるのであ
      る。暦のうえでは秋の始まりで、風に関わる行事が重視される。


 ・月見(8月15日)
      月にススキと団子を供え、月を祀る行事である。和歌山県東・西牟婁郡で
      は割りばしを十字に組み、その先に里芋を刺して竹竿に結び月に供えた。
      この日は「団子突き」が奨励された。子供たちが他家の月見団子を、突き
      刺してまわる「団子突き」が多いほど豊作になるのである。ところが、教
      育上好ましくないという学校からの苦情により、廃止された地域が多い。
      管見では、三重県紀宝町相野谷地区には、今なお残っているようだ。団子
      突きをしたから万引きをするわけではないので、行事の意味を説明し復活
      させたらどうかと提案したい。


 ・穂掛け祭(8月23日)
      数束の稲を刈り、神に供える。和歌山県東牟婁郡では、刈り取った新米で
      焼米をつくり、神祭りをする。いよいよ収穫を始める予祝行事である。


 ・野わけ休み(9月1日・11日)
      立春から数えて二百十日と二百二十日を無事済ませるために野良仕事を休
      む。この時期は巨大台風の被害が多く、それを無事過ごせることが農民の
      最大の関心事であった。


 ・刈り上げ祭(9月29日)
      稲の脱穀が済んだ祝いを刈り上げと呼び、各戸で餅をつき神前に供える。
      和歌山県東牟婁郡では直会(のうらい)と呼んでいる。


 ・亥の子(10月9日)
      十月の初亥の日に餅を搗き、亥の神に供える作神祭である。串本町西向で
      は小豆餅を搗き、那智勝浦町では餅を入れた枡を床の間に飾る。熊野地方
      では、子供たちが「イノコイノコイオウトクレ」と唄いながら、餅をもら
      ってまわる。熊野川地方の亥の子唄に「祝いましょうよ/亥の子の神様を
      /これは百姓の作り神/ここのお背戸に茗荷と蕗と/茗荷めでたやノーホ
      イ/蕗繁盛イネヨーノ瓢箪じゃ」
      という唄が伝わっている。


 ・十日夜(10月10日)
      台風の被害も無くなり、風の神が天に帰って行く日である。丹精込めた稲
      が風害から守られた感謝をする日である。


 ・立冬(11月7日)
      五行では木は土に剋つ(木は土の養分を吸いつくす)思想を表す。立春、立
      夏、立秋と共に四季の始まりとなる節季であるが、どれも五行では土であ
      る。農耕儀礼では土が重視されるが、生産の基礎が土であることを示して
      いる。


 ・霜月祭・新嘗祭・大師講(11月23日)
      田の神を山に送る祭りで、餅を搗いて投げ餅をしたり、焼餅を作ったりす
      る。また各家庭では御馳走を作り、家族で田の神の送還を祝う。和歌山県
      那智勝浦町市野野や井関では、氏神に新穀1斗(15kg)を奉納し、祝
      詞とお神酒と餅を授かって帰る。宮中では、新穀を神前に捧げて先祖神に
      感謝を捧げる。一陽来復を祈念する祭りを行う。


 以上、農耕儀礼について意味を記述してきたが、これらが陰陽五行の相性と相剋の原
理に基づいて儀礼を設定していることを理解していただけたと思う。それを整理すると
以下のようになる。


・土  立春、立夏、立秋、立冬の節季で表し、すべての農耕生産の土台である。端午
の田植え祭りや初丑の田祭りや田の神を送る霜月祭が主な行事である。


・木  啓蟄、清明、大雪の節季で表し、社日や卯月八日など種まきや田植えの準備を
行う行事が中心で田の神を迎える祭りを行う。


・水  芒種の節季で表し、入梅、雨乞い、夏至の夏祭り、半夏生など水に関わる行事
が中心で、稲の生育を重視する祭りを行う。


・火  小暑の節季で表し、虫送りや八朔など火に関わる行事が中心で、風虫害を除く
祭りを行う。


・金  白露、寒露、小寒の節季で表し、刈り上げ祭、亥の子祭、初丑など収穫を田の
神に感謝する行事が中心となる。


 以上の行事は田の神を迎える社日や卯月八日から種まきが始まり、端午の田植え、刈
り上げ祭の収穫、霜月祭で田の神を送還するという農耕儀礼のサイクルと対応する。つ
まり、田の神の招迎と送還という神事が、種まき〜田植え〜稲の手入れ〜収穫という農
事の節目と対応するところに、農耕儀礼としての年中行事の意味が隠されているのであ
る。



・「招霊と清祓い」


 現代は災厄を除くという年中行事が忘れられてしまったが、「占いブーム」や「新興
宗教ブーム」を見聞きすると、意識下で災厄を逃れたい心理が活発なようだ。そこで、
年中行事の中から招霊と清祓の行事を取り出して紹介する。


 ・事八日(2月6日)
      事始めとも呼び、農事休暇の終了であるとともに物忌みの終了でもある。
      熊野地方では小麦団子をつくり、竹竿の先につけてカラスにつつかせる。
      これは団子を熊野権現に捧げることを意味する。


 ・上巳(3月3日)
      雛祭りの日であるが、本来は穢れを人形に移して川に流したり、火で焼い
      たりする「撫で物」をおこなう日である。


    ・春分(3月20日)
       先祖霊を供養する日である。墓参を行う。


  ・端午(5月5日)
       端午の節句の日である。田植えをする早乙女が物忌みを始める日でもあ
       った。


  ・氷の朔日(6月1日)
       正月の氷餅を食べる日で、物忌みの始まりの日である。


  ・水神祭(6月15日)
       清祓いの行事で、疾病や厄除けの水神を祭る。


  ・夏越の祓い(6月30日)
       清祓いの行事で、氏子に紙の人形を配り願いごとを書き、神前でお祓い
       をして川に流す。


  ・七夕(7月7日)
       清祓いの行事で、短冊に願いごとを書き、川に流したり焼いたりをして
       穢れを流し、物忌みに入る。


  ・精霊迎え(7月13日)
       7月13日の夕方に迎え火を家うちに向けて焚く。仏前に香花、素?、野菜
       を供え、色提灯を灯す。和歌山県東牟婁郡太地町では7月6日の晩に精霊
       迎えをするが、先祖の数だけ笹舟を作り、これに米・小豆・苧がらを乗
       せて海に流す。先祖はこの船に乗ってやってくると言われている。7月14
       日は那智の扇祭りが行われるが、これも精霊迎えの行事の変形であろう
       か。


  ・盂蘭盆(7月15日)
       先祖霊にご飯や餅を供え、交歓する。夕刻、精霊流しを行う。霊前に供
       えた品々を精霊船に乗せ、灯篭をつけて海に流す。串本町田並では、船
       が戻ってこないようにケンケン船で沖まで運んで流した。この日の送り
       火は家の外に向けて炊き、先祖霊を慰めるために盆踊りを行った。太地
       町では柱松を行った。柱の先に燃料を置き,たいまつを投げて火をつけ
       る行事である。このような送り火をもって先祖霊の送還行事は終わる。
       これで、火を用いた夏季の先祖霊の招迎、交歓、送還行事が終了する。


    ・川浸りの朔日(12月1日)
       正月行事の開始日。この日は物忌みの始まりであり、水神祭を行う。餅
       をついて河童に供えると溺れないなどの迷信がある。6月の水神祭に対応
       していると考えられる。


  ・納め八日(12月8日)
       清祓いの日。この日から農耕の休息日に入る。慎んで一日を過ごす。


  ・煤払いの日(12月13日)
       正月の準備を始める日である。神棚や竈の煤を払い、捨てる。山から福
       柴を刈ってくる。この福柴は雑煮用である。


  ・大祓い・大晦日(12月31日)
       先祖霊の招迎の日である。清祓いを行う。米蔵の種モミの俵に鏡餅を供
       え、それで雑煮をつくる。


  ・元旦(1月1日)
       先祖霊と交歓の日で、昔は門松やカケノウオを玄関に掛けたりしたが、
       門松は廃止されている地方が多い。熊野地方では松の代わりに椎を立て
       る風習があった。この日は祝い膳をつくり、先祖霊と共食する。雑煮は
       丸餅に味噌じたてが普通である。田辺市鮎川地区の小川では、餅なし正
       月を昭和初めまで行った。餅の代わりに里芋を食べるのは、焼畑耕作の
       名残ではなかろうか。


    ・七日正月・人日(1月7日)
       七草粥と餅を食べ、先祖霊と交歓する。七草粥はセリ、ナズナ、ゴギョ
       ウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの七草をいれた粥をいう
       が、セリやスズシロ(大根)を入れて簡略化して食べることが多い。


  ・どんと(1月14日)
       この日に正月のしめ縄や門松を焼き、先祖霊を送る送り火とした。長野
       県などでは、道祖神の火祭りとして行われ、サンクロウマツリと呼んで
       いる。


  ・小正月(1月15日)
       正月行事の終了日。先祖霊の送還を祝い、小豆粥を食べる。


  ・節分(2月3日)
       鬼やらいとも呼び、邪霊を祓う行事である。和歌山県串本町潮岬では、
       浜の小石をひろい豆と混ぜて雨戸に打ち付ける。ビャクシンの木を燻し
       て鰯の頭を焼き、柊の小枝に突き刺し戸口に刺しておく。


  ・初午(2月6日)
       草餅や白餅を搗き、宮の前で厄除け餅投げをする。和歌山県串本町潮岬
       では、餅の代わりにお金を投げる。そのお金は家に持って帰らずに、隠
       しておく。この日は新宮市神倉神社の火祭りを行うが、熊野地方の冬の
       招霊行事がこれで終了する。


 以上のように招霊の行事は、物忌み〜清祓い〜先祖霊の招迎〜交歓〜送還のサイクル
を繰り返しながら盆と正月の行事を行うのである。この先祖霊は田の神であり、山の神
であり、風水の神であり、太陽神である。子孫の生活を安全に運営させる神であった。
この神の庇護のもとに、豊かな生活が将来すると信じられていた。年中行事は先祖霊の
招霊とその化身である田の神への農耕儀礼とに二分されて行われたのである。