・「狸のためぐそ」


  2007年12月に獄の森に登山を決行し、登山口から急勾配を15分登
 り尾根道に出て一息ついたときのことである。道の真ん中に黒い糞が山盛り
 になっている。これは狸の家族が集団で脱糞したもので、「狸のためぐそ」
 と呼ばれている。
  ためぐそをするからではないだろうが、狸の臭いの強烈さには恐れ入る。
 動物園に行っても狸の檻に近づくと臭気ふんぷん、急いで通り過ぎることに
 しているぐらいで、狸汁などはとても食べられるものではない。
  ところが、星移り世が変われば、狸に餌づけする人も出てきた。餌が豊富
 にある故か狸族の繁殖はすさまじく、毎朝、道端に死骸がころがっていてい
 るありさまである。私の家の残飯ボックスも、狸一家の餌さ場になった。朝
 起きてみると、ボックスがひっくりかえり、狸の臭気が残っていた。姿は見
 えねど狸のしわざとすぐに分かった。対抗措置に大石を乗せておくと、狸一
 家の一致団結箱弁当の力も及ばず、ボックスは倒れない。あきらめたのか狸
 一家は来なくなった。
  やれやれと安心していると、収穫間近のトウモロコシがやられてしまった。
 前夜、明日収穫しようと話し合って寝ると、朝きれいに食べられていた。狸
 に盗み聞きされたのだろうか。一年間の苦労が水の泡である。江戸の敵を長
 崎でとられた気分だった。



・「化かさればなし」



  昭和20年代はテレビが普及していなかったため、ご近所で夕涼みが多か
 った。そこで、古老から聞かされる妖怪話の主役は狸であった。フィクショ
 ンだと分かっていても、思わず聞き耳をたててしまうほどおもしろかった。
  話にはいくつかのパターンがあり、一つめは、真夜中に後をつけられたと
 いう話である。田並村の善作さんが有田村に出かけての帰りである。峠道を
 登って行くと、後ろから足跡が聞こえる。振り返ると誰もいない。さては狸
 のしわざと合点した善作さんは、
 「だれなら、つれもて帰らんかい。」と、声をかけると、化かす準備をして
 いた狸は動転し思わず、
 「善作さん、狸じゃ。」と叫んでしまった。狸が化けの皮を剥がされたので
 ある。
  二つめは釣った魚が消えてしまったという話である。田並村に才助という
 磯釣り名人がいた。アズエノガバ(地名)に行くと、イガミの入れ食いにな
 った。釣り上げては魚籠に入れ、そろそろ満杯になったから帰るとするかと
 魚籠をのぞくと、なんとなんと、イガミが消えているではないか。煙にまか
 れたような出来事で、才助さんは、釣ったイガミが狸のいたずらと知ったの
 である。
  この話には後日談があって、一匹だけが魚籠に残ったので喜んだ才助さん
 は、滝壺で鱗取りをしようとしたところ、突然イガミが泳ぎだし、滝壺の中
 に消えてしまった。それから、滝の主はイガミであるということになった。 
  三つめは美女に化けた狸にだまされたという話である。橋杭に甚助という   
 酒好きの若い漁師がいた。漁から帰ると串本の飲み屋に行って一杯ひっかけ
 るのが日課であった。ある時、飲んでいると隣に若い娘が座った。意気投合
 した二人は娘のところで飲み直すことになり、手に手をとって出かけたので
 ある。家に着くと、娘が大徳利から湯のみになみなみと酒を満たした。ぐい
 っと一息に空けた甚助は、そのまま眠りこけてしまった。昼になって、目覚
 めた甚助が周りを見回すと、そこは墓場で、手には花生けの筒を握っていた
 のである。
  これには別のパターンもあり、大男と相撲をとったという話になっている。
 力自慢の橋杭の仲松が、飲み屋の帰りに十二本松にさしかかった。今の国道
 42号線と串本駅への中道が合流する場所である。明治10年頃、串本と橋
 杭間の往還がつくられ、道端に松が植えられていた。三差路に十二本の松が
 植えられたので、十二本松と呼ばれていた。
 「おい、仲松。俺と相撲せんかい。」松の間から、声が聞こえる。腕に覚え
 のある仲松が四股を踏むと、松林から現れた大男も四股を踏む。準備ができ
 た両者は、がっぷりと組み合った。ところが、押せども引けども相手はびく
 ともしない。焦った仲松が投げを打つが、効かない。必死になっていると、
 「仲松。松ノ木相手に何しとんなら。」と兄の声が聞こえた。帰りの遅い仲
 松を迎えにきた兄の目に写ったのは、松にしがみついている弟の姿であった。
 仲松はそれ以後、家中からお粗末と呼ばれたそうな。



・「化かされない方法」


  化かされ話が流布すると、化かされない方法も流布する。古座の籠持ちの
 間で、次の話が伝わっている。古座はなし言葉研究サークルの冊子によれば
 、籠持ち(魚の行商人)が浦神に仕入れに行くと、道の真ん中に人力車が居
 座っている。どくようにいってもいっこうきかない。ははぁ、狸のしわざと
 気づいた一行は、ふところから刻み煙草を取り出し、椿の葉っぱで巻いて一
 服したところ、急に人力車が消えた。煙草の臭いで、狸を追い払ったのであ
 る。昭和30年頃までは、刻み煙草を椿の葉っぱで巻く習慣が残っていた。
 これは熊野地方独特の習慣で、照葉樹林帯の東限の熊野では椿が豊富であっ
 たから利用したのであろう。九州の五島列島に、椿の葉っぱで刻み煙草を巻
 く習慣が残っているのは、熊野地方の漁民が移住して広めたからである。
  山間部では、山人は狸に化かされんように榊の枝を折り、それを振ってお
 払いをしたり、榊を四隅に立てて結界を作ったりするそうだ。効果のほどは
 定かでない。一番効果的なのは、釣った魚や収穫した木の実を独占せず、狸
 に御裾分けすることである。共存共栄を図れば、狸も復讐しない。
  私の祖母は狸に後をつけられると般若心経を唱えたらしい。狸はよう化か
 さずに退散したそうである。お経の効用を強調するとき、よくそれを聞かさ
 れた私は、子供心に狸が人間の言葉がわかるんかと思ったものである。
  このように地域独特の方法で対処したらしいが、テレビが普及し始めると
 狸ばなしが煙のように消えてなくなった。地域の連帯感が弱まって、各家庭
 で過ごすようになり、老人の昔話が聞けなくなった頃と一致している。狸ば
 なしも、Gone with the wind!と、なってしまった。