・「グロテスクな天然記念物」



  古座川水系にいつの頃よりオオサンショウウオが棲みついたかは、はっき
 りしない。しかし、中国地方に出稼ぎに行った人が、こっそり持ち帰り放流
 したと、地元ではささやかれている。
 串本町の中学生が古座川上流の平井で川遊びをしていた。すると、川底を
 褐色の両性類がはい回っている。捕らえてみると、容貌魁偉でみたことがな
 い両性類である。
 「怪物や!皆にみせたろら。」と、学校に持って帰った。級友に見せて、法
 螺の混じった自慢話を吹聴していると、たまたま先生が通りかかった。ふと
 、バケツをみると、天然記念物のオオサンショウオではないか。
 「馬鹿もん、早く返してこんか!」と、一喝された生徒たちは、スゴスゴ元
 の川に戻しに行った。
  オオサンショウオが、天然記念物に指定されたのは戦前のことであり、当
 時から捕獲は禁止されていた。中国地方から持ち帰ったとすれば、どんな方
 法で持ち帰ったのだろうか。見つからずに持ち帰れたのは奇遇であるが、オ
 オサンショウウオが古座川上流で繁殖しだしたのは、人間の軽はずみな行為
 による。自然の生態系を壊す行動は、是非慎みたいものだ



・「山椒魚料理」


  古座川祭を見物にいくと、水槽にオオサンショウウオを入れて展示してい
 た。見たとたん、食欲がなくなるような風貌である。しかし、このグロテス
 クな両性類を食べた人物がいた。陶芸、書、絵画、料理に異才を放った北大
 路 魯山人である。白崎 秀雄氏の著作(「北大路魯山人・下)に以下の記
 述があるので、要約して紹介したい。

  昭和19年5月25日、魯山人は五人の後援者を山椒魚料理に招待した。
  当時でも天然記念物であったから、食するのは違法である。しかし、食
  通の五人は山椒魚料理が前代未聞の珍味であるため、好奇心を押さえが
  たく招待に応じた。料理法と食べた感想は、以下の如くである。

    ・初めに、出刃包丁で腹を割くと馥郁たる山椒の芳香が広がる。名前の
    由来通り、山椒の香りがする内臓なのである。

   ・次に、十分に水洗いし、ぶつ切りにしたのを鰹節と昆布の出汁に、酒、
     生姜、刻み葱を加え弱火で煮る。いったん、固くなったのを更に煮込
    むと、ようやく柔らかくなってできあがりである。

   ・その味は鼈よりもちもちし、臭みがなく、肉も美味だがゼラチン状の
    皮が最高である。実に品格のある味であった。

   ・体長は60cmと大きく、山陰地方の某所で捕れたものである。

  私は鼈料理を一度食しただけであるから、山椒魚の味と比較できないが、
 好事家の舌を満足させたことは確かだろう。今となっては、時効の話である
 から紹介したが、良い子は絶対に真似しないでね。