・「友釣り」 

 
  6月1日になると、和歌山県の各河川で鮎漁が解禁される。全国から太公
 望が終結し、鮎との知恵くらべを繰り広げるのである。私の勤務していた佐
 本中学校でも、6月1日を休校として鮎釣りに興じたものである。
 友釣りといって、囮の鮎を縄張りの中に入れると、縄張りを守るために猛
 然と襲いかかる習性を利用した漁法である。囮を追い払うため全身黄色に変
 色した縄張り鮎が、囮の鍵針に引っ掛かって釣り上がる。それを再び囮にす
 るため針をはずすと鮎から西瓜の臭いがした。鮎を香魚とも書くのは、それ
 故である。
  1970年6月1日の私の釣果は7匹であった。朝まずめといって朝日が
 昇るころが、よくかかるのである。朝早くから出かけ河原で待っていると、
 日の出とともに川霧が消えて行く。まるで水墨画のような光景に思わず見と
 れたものだ。 
 翌日、登校すると生徒達と釣果を競い合った。
 「先生は何匹掛けた?」と、問われ、誇りを持って、
 「7匹じゃ。ちょとしたもんじゃろ!」
 「たったそれだけ!秀ちゃんは60匹や。」私の興奮は一気に冷め、天狗の
 鼻が折れる。そこに追い打ちがかかる。
 「秀ちゃんのお父さんは、240匹掛けたんよ。」と、生徒。それを聞いた
 私は肩を落として、職員室へ引き返した。30倍以上の釣果の差であった。



・「トントン釣り」


  1997年7月29日、那智の色川から古座川の支流小川を抜けて、滝の
 拝を通りかかった時のことである。NHKのスタッフが撮影をしているのに
 出会った。聞けば、ナンベラ(ボウズハゼ)の撮影をしているのである。手
 持ちの400ミリの望遠レンズで見てみると、垂直の岸壁をナンベラがよじ
 登っているではないか。みればまだ幼魚である。吸盤を使って、少しずつよ
 じ登る姿は、まるでクライマーである。無事、登り切るのもいれば、滝壺に
 落下するのもいる。手に汗握る撮影シーンであった。カメラマン氏によると、
 幼魚の滝登りは珍しいそうで、滝の上流でナンベラは成魚になって冬眠して
 冬を越すそうである。冬眠する魚は珍しい。「努力は人生の扉を開く」とい
 うが、落下しても再チャレンジするナンベラの滝登りは、圧巻であった。
  滝壷の下流で、老婆が数名「とんとん釣り」をしていた。竿先の道糸に重
 りをつけて川底に沈め、錨型の針を2、3本つけ竿を上下させて鮎を引っか
 ける漁法である。囮の鮎を使わず手軽にできるが、小川の組合員にのみ許可
 された漁法である。老婆に声をかけ釣果を問うと、20匹余りの大漁だった。
 囲炉裏でこんがりと焼いて、盆のそうめんの出汁にするという。
 「息子が戻ってくるんで、食べさすんやよ。」と、答えた老婆の顔はうれし
 そうに、輝いていた。盆には、さぞ、話が弾むのだろうと、聞きながらほほ
 えましかった。



・「刺し網」


 8月に入ると、刺し網が許可される。1970年頃で、鑑札は5万円であ
 った。私の初任給が34800円であったから、かなり高額である。200
 8年の物価では30万ぐらいではないか。
  古座川本流では火振り漁が行われるが、佐本川では火振りは禁止で「刺し
 網」を使った引っかけ漁であった。二枚の網で鮎を囲い込み、竹の棒の先に
 針をつけて引っかけるのである。引っかけた鮎を三杯酢につけ、酢めしのお
 にぎりに乗せてかぶりつくと、野趣満点で爽快であった。



・「小鷹網と梁漁」


  川漁の専門の漁師が行う漁法で、9月に落ち鮎を捕らえるのに用いられた。
 「友釣り3年、小鷹は8年」といわれ、コの字型に網を投げて鮎を逃がさな
 いようにするのである。網の風をきる音が鷹を連想させるので、その名前が
 ついたが素人が投げると網が開かず、鮎に逃げられるので使いこなすには修
 業がいった。
  落ち鮎の頃になると、梁をつくって鮎を捕る漁法も行われた。川の浅瀬に
 竹を刺してダムをつくり、鮎を導水路に追い込んで一網打尽にする漁法であ
 る。漁獲資源保護のため落ち鮎にしか適用されないが、梁漁が終われば鮎漁
 も終わり、古座川に秋の気配がしのび寄る。一抹の寂しさをもたらす晩夏の
 風物詩である。
「夜がき」
  昼は動きが活発な鮎も、夜になると眠るのでじっとしている。そこで、素
 人漁師の出番がやってくる。私とO先生とは町営住宅の隣組であった。O先
 生と夜8時頃、示し合わせて夜がきに出発する。いでたちは、水中メガネに、
 水中ライト、挟み火箸と多網をもち、腰に魚籠をくくりつけ、足はゴムぞう
 うりである。
  川に入ると、蛍が飛び交う幻想的な光景に思わず見とれてしまう。しかし、
 夜しか鮎漁のチャンスがない二人は、教師より漁師に情熱を燃やし、淵を水
 中メガネで凝視する。すると、岩陰に鮎がへばりついているのを発見。挟み
 火箸で挟むと思わず歓声をあげてしまい、夜がきに行ったことがすぐばれ、
 生徒たちから翌日に追及される始末である。
  捕った鮎は「背越し」といって、ぶつ切りにしてキュウリもみにしてビー
 ルを飲むと、とてもうまくて生きる喜びを味わった。夜がきでは、手長えび
 もよく捕れた。これは多網で掬い、フライパンで炒めて塩をふりかけるとビ
 ールの肴として最高であった。
 「明日も頑張ろう。」二人で祝杯をあげながら、互いの健闘をたたえ合った。
 かくして山村の夜はふけていくのである。