・「田並川のオオウナギ」

 
  今はほとんど見られないが、田並川にオオウナギが棲息していた時代があ
 った。田並小学校の校門の前は、河川改修工事以前は川幅が狭く、大雨が降
 ると冠水した。しかし、川底は川魚の宝庫で、車海老、鮎、ヨシノボリ、カ
 ワムツ(ハイ)、ウグイ、ウナギと多種類あり、子供たちの良き遊び場であ
 った。
  1956年、私が小学3年生の時、昼食に帰宅する途中、郵便局員のNさ
 んがウナギ釣りをしているのに出会った、仕掛けは、鮎を餌にして竹の棒の
 先に針をつけ、穴の中に差し込む簡単なものである。午後の授業が終わって
 帰宅するため校門を出ると、Nさんが大汗かいてウナギと格闘している。な
 かなか穴から引き出せず、どんな大物かわくわくしながら見ていた。小一時
 間かかったろうか、やっと獲物が姿を見せたのである。
  そこで見たウナギは化け物だった。黄土色で長さが大人の背丈ほどあった。
 得意げに獲物を掲げたNさんの頭から足先まであったのである。
 「怪物や、化け物や。」と叫びながら、私たちは川に入って間近で観察する
 と、日頃見知っているウナギとは似ても似つかぬ姿をしていた。かば焼きが
 、何人前とれるのか、おいしいのかが、私たちの関心事だった。
  後日聞いた話では、かば焼きにして食べたところ大変不味く、肉も固くて
 食用には不向きとのことだった。100人分くらいのかば焼きが出来たろう
 に惜しいことである。
  「形大なれど、質高からず」とはよくいったもので、ウナギ騒動も「骨折
 り損のくたびれ儲け」に終わったのである。
  余談になるが、このオオウナギは富田川、日置川、周参見川、古座川など
 で棲息していたが、2008年時点での棲息は不明である。新聞記事によれ
 ば、2007年に田辺市本宮町でオオウナギが梁にかかったのが直近の情報
 である。オオウナギを絶滅危惧種として、保護していく必要があるのではな
 いか。



・「佐本川のウナギ」


  オオウナギは不味くても佐本川の天然ウナギは掛け値なしにうまかった。
 ウナギの専門店で自慢の一品を食べてみるが、ウナギ本体の味が違うのであ
 る。これは川で捕れた天然物を使うか養殖物を使うかの違いであろう。タレ
 は、その店独特の工夫があるが、身はごまかしようがない。断然、天然物が
 うまく、第一餌が違う。天然物は鮎を食べるから、脂肪が少ない。あっさり
 して風味がある。口の中で脂肪が、広がらない。
  1972年の夏休みに、帰省みやげに天然ウナギのかば焼きを川魚漁師の
 和田さんに頼んだ。川魚漁師はモドリカゴという竹で編んだ漁具で、ウナギ
 を捕るのである。20匹のかば焼きを家族中で食べたが、全員の感想は「!
 」であった。口のおごっている父も、このウナギは本物やと、賞めてくれ、
 親孝行できてうれしかった。
  川魚漁師はモドリを使うが、素人は投げ針である。夕方、竹竿の先にミミ
 ズをつけて、淵にしかけておくとウナギがかかる。簡単だが、餌のミミズが
 手に入りにくく、私は家の前のミミズを掘って、隣人に叱責されたことがあ
 る。
  「うちのミミズをとるな」といわれたが、ミミズは移動するので誰の物か
 確認できないではないかと内心思った。しかし、ミミズ、ゴカイなどの釣り
 の餌が少なくなってきたのは確かである。養殖が必要なのは、ウナギより餌
 の方である。「ウナギを射とめんとすれば、先ずミミズを射よ。」である。
  天然ウナギの減少も乱獲だけではなく、川の環境変化が大きな原因である。
 日本で一、二を争う清流古座川水系も家庭排水、ダムの放流などで水質が悪
 くなってきた。砂だけだった河原が雑草に覆われてきたのが目につく。清流
 ならば、決して繁茂しない植物が幅をきかせ、清流に棲息する魚類が駆逐さ
 れるのは残念である。「悪貨は良貨を駆逐する」のは貨幣の法則であるが、
 古座川の生態系も貨幣の法則通りに進行中である。加害者は誰なんだろう、
 我々人間ではないのか。日本一の清流にするための対策を流域住民に要望し
 たい。まず「隗より始めよ。」で、ゴミのもち帰りと洗剤の規制を実行しよ
 うではないか。