熊野は和歌山県の東西両牟婁郡、三重県の南牟婁郡を含む地域であった。
 大宝律令制定以前は熊野の国として国政がしかれ、本宮に国府がおかれてい
 た。国造として大阿斗足尼が君臨し、行政権以外に軍事権、裁判権を持つと
 いう半ば独立国であった。現在は熊野川を境に、和歌山県と三重県に分断さ
 れているが、元は文化と歴史を共有していた地域共同体であった。
  熊野の語源として畿内に対して辺境を意味する隈野説が有力である。しか
 し、文化人類学の成果を活かしながら、熊をトーテムとする先住民の居住す
 る地域を意味するという、新説も提示されている。このように地域名ひとつ
 とっても、なにやら神秘的な思いを抱かせるが、熊野の山野河海は多様であ
 り、各地域には不思議な話が残っている。植物や動物の話もあれば、人物の
 挿話もあり、多様な民話や伝承、はたまた妖怪変化が舞い踊る怪奇話もある。
  先学の成果に導かれながら、自分の見聞を加味して、熊野今昔物語として
 まとめてみた。古典の「今昔物語」には及びもせぬが、せめてなりたや「語
 り部」にとの思いからである。熊野地方の今となっては昔の話として、ご一
 読くだされば幸いである。